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| 東映太秦映画村 |
大岡越前や遠山の金さんでよく使われている白州のセット。
今にも通りの角から江戸時代の人々が歩いてきそうな町なみ
| 日本で初めての 映画のテーマパーク 東映太秦映画村の敷地中心部であるオープンセットは約3万6000平方メートルもあり、その中に再現されている江戸の町並みは、時には地方の城下町や宿場町にする事もできます。 江戸の町を歩いていたかと思い裏手に出れば、そこは廻船問屋が並ぶ船着き場であったり、吉原や、町人達が住まう長屋になっていたり。 様々な角度から、様々な場面に対応できるよう、合理的につくられているオープンセットです。 太秦が映画撮影所として有名になっていったのは、阪東妻三郎氏(1901年〜1933年。阪妻さんとして親しまれていた映画俳優で、俳優の田村高廣氏・正和氏・亮氏三兄弟の父としても有名)の阪妻プロダクションが、大正15(1926)年に起こした映画撮影所が始まりです 昭和10(1935)年には8ヶ所も撮影所があり、一時太秦は『日本のハリウッド』とも呼ばれていました。 戦後には松竹・大映・東映が加わって映画の全盛期を迎えますが、昭和30(1955)年頃からテレビの普及やレジャーの多様化などで映画産業は下り坂となりました。大映が去り、以降、中小の撮影所も閉鎖となっていきます。 しかし、昭和50(1975)年に東映が時代劇のオープンセットを中心とした、日本初の映画のテーマパークを『東映太秦映画村』としてオープンさせ、沈んでいた映画の街に活気を呼び戻しました。 その後、平成9(1997)年には全天候型エンターテイメント施設『パディオス』もオープンし、時代劇から最新の映像までを体感できる施設として、映画ファンだけでなく、一般の観光客の方や家族連れ、修学旅行生など多くの人々から人気を集めています。
宿場のセット(上左)と、時代劇にもよく日本橋として登場している橋(上右)。 ![]() | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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