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生國魂神社

生國魂神社鳥居

生國魂神社鳥居と社殿。7/11・12のいくたま夏祭、8/11・12の大阪薪能、9月第1土日の彦八祭と神事が開かれ、「いくたまさん」として親しまれている。




本殿

生國魂神社本殿。社殿は明治45年の「南の大火」、昭和20年の戦災による焼失、昭和25年の「ジェーン台風」による倒壊など幾度も被災と造営を繰り返した。現在の社殿は、昭和31年に建立された鉄筋コンクリート造のもの。




生國魂造

本殿は、「生國魂造」という他に類を見ない建築様式になっている。本殿と幣殿を一つの流造りでふきおろし、正面の屋上に千鳥破風・すがり唐破風・千鳥破風の3破風をすえている。破風(写真で金色のマークがついているように見える部分)とは、屋根が強風で飛ばないように抑える役目を果たしているもので、「生國魂造」では屋根があまりに大きいために3つある。




米澤彦八の碑

境内にある米澤彦八の碑。彦八は、生國魂神社境内を舞台に上方落語を広めたと言われている。この石碑は、平成2年に笑福亭一門が中心となり、大阪落語の祖として彦八を称えるために建立したもの。以後、毎年9月の第1土日に「彦八まつり」が開催されるようになった。

 
国土の守護神、大阪の総鎮守

生國魂神社は、「難波大社(なにわのおおやしろ)」の尊称をもって広く朝野の信仰を集め、明治には官幣に列せられるなど、国土の守護神、そして大阪の総鎮守として崇敬されている神社です。また、「いくたま夏祭」「彦八祭」「大阪薪能」などの神事で「生玉さん」として親しまれています。

生國魂神社は、社伝によると初代天皇である神武天皇が九州より難波津にお着きになった際、現在の大阪城付近に生島大神、足島大神(日本国土・大地の守護神)を祀られたのが創祀であるとされています。本殿の高さが20mもある生國魂神社(難波大社)は、平安時代には出雲大社、熊野大社と並ぶ3大社のひとつとして崇敬されました。

天正8(1580)年に境内の石山本願寺が織田信長に屈して焼失した際、生國魂神社の本殿も焼失。信長の覇権を継承した豊臣秀吉がその地に大阪城を築城する際、生國魂神社は現在の鎮座地に移設されました。本殿、幣殿、拝殿を一つの屋根で覆う巨大な造りは「生國魂造」と呼ばれており、3つの破風を備えている生國魂神社独特の建築様式です。

社殿は信長による焼き討ちのほか、明治45年1月の「南の大火」、昭和20年の戦災、同25年の「ジェーン台風」による被災を受けてきましたが、その都度復興されてきました。現在の社は昭和31年に建立された鉄筋コンクリート造りのものです。

毎年6月30日には厄災・病を払う「大祓式」、7月11・12日には「いくたま夏祭」、8月11・12日に「大阪薪能」、9月の第1土日には上方落語の祖である米澤彦八に因んだ「彦八祭」が開催され、大勢の参拝客で賑わいを見せます。


〒543-0071 大阪市天王寺区生玉町13-9
TEL:06-6771-0002
交通:大阪市営地下鉄/谷町九丁目駅より徒歩5分



 
井原西鶴の像
 
  境内右手にある井原西鶴の像。井原西鶴は『好色一大女』や『世間胸算用』などを著す以前から俳人として有名で、一昼夜ぶっ通しで連句をつくり続ける「大矢数」では大勢の聴衆を集めました。延宝8(1680)年には生國魂神社境内の南坊で万句俳諧という句会で俳人700余人、聴衆数千人を集め、4000句独吟を達成し、その成果を『西鶴大矢数』として出版しています。

 
 
境内社
 
  境内北側に並ぶ社。左から城方向八幡宮、鞴(ふいご)神社、家造祖神社、浄瑠璃神社。大阪城築城にあたって生國魂神社を移築した関係で、築城に関係する社である城方向八幡宮、鞴神社、家造祖神社が並んでいる。浄瑠璃神社は近松門左衛門ほか人形浄瑠璃(文楽)の成立に功があった「浄瑠璃七功神」をはじめとする祭神が祀られている。境内には11の社がある。

 
 
生國魂神社地図
 





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