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天王寺七坂

源聖寺坂

源聖寺坂を松屋町筋側から見上げる。
上るにつれ、石畳が大きく曲がっていく。




口縄坂

口縄坂を坂の上から西に向かって望む。
石畳と建物の土塀、そして木々の緑。静寂な風情があじわえる坂である。




藤原家隆の顕彰碑

新古今和歌集の選定者、藤原家隆の墓にある顕彰碑。
家隆は、この上町台地から見える夕日に感嘆し、詠んだ句から「夕陽丘」の地名が生まれた。




清水坂

清水坂を坂の上から西に向かって望む。
坂と、その間から見える都会の町並みの融合した風景は、一望の価値あり。




天神坂

天神坂を西側から見上げる。
落ち着いた雰囲気の石畳が坂の上へと続く。

 
風情のある歴史の散歩道

大阪市の中心部を南北に走る上町台地。天王寺区内には、その上町台地の西縁に沿って「天王寺七坂」と呼ばれる坂があります。
「天王寺七坂」は、北から順に「真言坂(しんごんざか)」・「源聖寺坂(げんしょうじざか)」・「口縄坂(くちなわざか)」・「愛染坂(あいぜんざか)」・「清水坂(きよみずざか)」・「天神坂(てんじんざか)」・「逢坂(おうさか)」の7つがあり、それぞれ個性ある風景を持っています。

また、この界隈には神社・仏閣・が多く(特に寺の多さは特筆されます)、名所・旧跡もいっぱいです。それぞれの坂の風景を楽しみながら、周辺の歴史を訪ね歩くことができる魅力ある散策コースです。

北から散策した場合、一番初めの坂は「真言坂」です。現在は、千日前通りから生國魂神社北門までの短い坂ですが、千日前通りができる明治末期までは、北にある高津宮の参道から続く長い坂でした。かつて、生國魂神社の北側には真言宗の寺ばかり6坊があったことから、「真言坂」と呼ばれたそうです。

「源聖寺坂」は、坂の上り口にある源聖寺が名の由来です。坂の上にある銀山寺には、近松門左衛門の「心中宵庚申」にでてくるお千代・半兵衛の比翼塚があります。

「口縄坂」は、坂の下から眺めると、道の起伏がくちなわ(蛇)に似ているところから名付けられたそうです。大阪を代表する坂として、よく被写体となる人気の坂です。
この「口縄坂」の坂の上には、織田作之助の文学碑。また、そこから少し南側には、鎌倉前期の歌人で新古今和歌集の選定者、藤原家隆の墓があり、その一角に顕彰碑が建っています。

「愛染坂」は、坂の下り口にある、愛染かつらで有名な愛染堂勝鬘院(しょうまんいん)が名の由来です。境内の多宝塔は大阪市内最古(1,600年)の建造物で、重要文化財に指定されています。また、愛染堂の隣の大江神社には、「夕陽岡の碑」があります。

「清水坂」は、坂の上の清水寺から由来しています。この清水寺境内は、通天閣などが一望できる格別の眺望です。また、この寺の境内の崖には、大阪市内唯一の滝、「玉出の滝」が流れています。

「天神坂」は、坂の下の安居天神(安居神社)から由来。この神社の境内は、真田幸村の戦死の場所で、本殿わきに「真田幸村戦死跡之碑」があります。また、境内のすぐ下に、荒れ果ててはいますが、天王寺七名泉の1つ「かんしづめの井」を見つけることができます(天王寺は、かつて名水どころとして有名でした)。

最後に「逢坂」です。西側から四天王寺西門に至る坂道です。昔は「合坂」とも表記されていました。この坂の下の辻は「合法ヶ辻(がっぽうがつじ)」と呼ばれ、聖徳太子と物部守屋が仏法を論じ合い、法を比べ合わせた場所だといわれています。そこから由来したなどの諸説が伝わっています。
残念ながら、現在の「逢坂」は国道25号線であり、他の坂と違って往古の風情は感じられません。

<所在地>
大阪市天王寺区生玉町〜天王寺区逢阪

<交通>
真言坂・源聖寺坂
:市営地下鉄谷町九丁目駅より徒歩5分〜10分。近鉄上本町駅より徒歩10〜15分。

口縄坂・愛染坂・清水坂・天神坂・逢坂
:市営地下鉄四天王寺前夕陽ヶ丘駅より徒歩3分〜10分。


 
かんしづめ井
 
  安居神社の境内の下にある天王寺七名泉の1つ、安居の清水。
別名「かんしづめ(癇静め)の井」として良く知られているが、今は荒れ果てている。


 
 
天王寺七坂地図
 





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