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| 大原の里―散策案内― |
呂川沿いの風景。
大原の里の散策路付近の様子。読者参加で大原を訪れた京都市在住の木村恭子さんと羽根田久美子さん。
朧(おぼろ)の清水。
阿波内侍(あわのないし)の墓。
大原の里の夕暮れ。 | 名所・旧跡と季節の風情に彩られた山里の散策路 大原と聞けば、小さな山里に数々の有名寺院があることを思い浮かべる方も多いことでしょう。特に里の東側を流れる呂川・律川付近には、密集して寺院が建ち並んでいます。 里の東側にあたるこの二川の上流の山塊は、「魚山(ぎょざん)」と呼ばれます。「魚山」とは、中国の山東省にある声明(しょうみょう、仏教の儀式音楽)の聖地のことで、この大原の山々がかの地の山に似ていることから、そう名付けられたそうです。そして、かつてはこの山の中に今以上に多くの寺院が建っていて、天台声明の修行の地として栄えていたのです。 呂川・律川も声明の呂曲・律曲に因んで名付けられたものです。調子はずれのことを『呂律(ろれつ)が回らない』というのもこのことから由来しています。 重要文化財の薬師・弥陀・釈迦の三如来像のある「来迎院」、大伽藍の中に美男で有名な大仏様のある「勝林院」、樹齢600年を越す五葉松と竹林が有名な「宝泉院」、声明に関する楽器があり、不断桜とシャクナゲが美しい「実光院」、そしてコケと池泉の庭園、重要文化財の阿弥陀三尊があまりに有名な「三千院」など、呂川・律川沿いは見どころいっぱいです(三千院は、京都バス「大原」より徒歩10分)。 律川の上流には「音無の滝」があります(三千院より徒歩15分)。来迎院を建立した良忍上人が声明の稽古をしていると、滝の音と声明の声が和して、音が聞こえなくなったとか。そこから由来しています。秋ならば、呂川・律川沿いの紅葉を眺めながら向かうこととなるでしょう。 里の北部でお勧めなのは、『阿弥陀寺』付近。参道途中には、天然記念物の樹齢800年以上の楓が道南側にあります。紅葉で人気のある大原ですが、中でも阿弥陀寺の紅葉は一際美しく、江戸時代から紅葉の名所として有名で、数百本の楓が赤く色づく様に出会えます(阿弥陀寺は、京都バス「古知平」より徒歩約30分)。 呂川・律川沿いとは高野川をはさんで反対側(西側)の散策路は、寂光院道と呼ばれます。寂光院までの参道には「朧(おぼろ)の清水」「大原西陵(建礼門院陵)」、寂光院の先には「阿波内侍の墓」など、余生を送られた「寂光院」だけでなく、平清盛の息女、安徳天皇の母として有名な建礼門院にゆかりの名所・旧跡が続きます(寂光院は、京都バス「大原」より徒歩約15分)。 里の南部にある春の落ち椿で有名な「花尻の森」は、源頼朝が建礼門院を監視させた屋敷があった場所。大原には他にも悲しい物語に因んだ旧跡が数多く存在します。 天皇の第一皇子なのに母が藤原氏の出でなかったため皇位につけず、大原に隠棲された悲運の皇子「惟喬親王の墓」や、里にある女郎ヶ淵に身を投げ蛇身となった「おつう」という女性が、自分を捨てた若狭の領主に復習するべく行列を待ち伏せたが、退治され頭を埋められたところと伝えられる「乙が森」(尻尾は「花尻の森」に埋められたとか)など。 なお、大原の名物であり、京料理に欠かせない食材「しば漬け」は、建礼門院が『紫葉漬け』と名付けたことから始まったそうです。古来「紫」は、貴族のみ使用可能な禁色でした。天皇の母堂が使うことを許したのです。大原の里人との絆がよほど深かったことが偲ばれます。
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