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| 車折神社(くるまざきじんじゃ) |
表参道側から望んだ中門前の様子。鳥居の奥にあるのが中門。
拝殿。
拝殿前のお礼の石を納める場所。
境内社「芸能神社」正面入り口の様子。
境内社「大国主神社」右横にある早咲きの桜として有名な『河津桜』。 | 祈願の古い風習が続く 富岡鉄斎ゆかりの神社 かつて電車やバスからこの『車折』という駅名やバス停名を見て、『何と読むのだろう?』と思われたことがある方もいらっしゃるのではありませんか? 『くるまざき』と読みます。 御祭神は、清原頼業公。平安時代後期の方で、苗字からもわかるように、三十六歌仙の一人、清原元輔や清少納言の一族にあたります(境内には清少納言霊社もあります)。 和漢の学識と実務の手腕が当代無比と称えられた清原頼業公は、文治5年(1189年)に逝去し、この地に廟が設けられました。そして頼業公の法名に因んで「宝寿院」という寺が営まれます。この廟がこの神社の前身です。頼業公は生前、殊に桜を愛でておられたので廟には多くの桜が植えられ、建立の当初より「桜の宮」と呼ばれていました。 鎌倉時代の前期、後嵯峨天皇が嵐山の大堰川(おおいがわ)に御行幸された際にこの「桜の宮」の前で牛車の轅(ながえ―牛の背中に通っている棒)が折れました。そこで、この社に「車折大明神」の御神号と「正一位」の位が贈られ、それ以後「車折神社」と称することとなりました。 御祭神の生前の業績から、学業の成就・試験の合格、そして約束を違えないことをお守り下さる神様として信仰を集めています。お金のやり繰りが都合がよく運ぶ御加護があるとして、商売繁盛や金運向上のためにお参りされる方も多い神社です。 ここでは、祈願をする方法として古い風習が続いています。『祈念神石』を手に持ちお願い事を念じる、という祈り方です。『祈念神石』は毎日のお祈りのために自宅などに持ち帰り、願い事が成就したら『祈念神石』とともに別の石1つ(ここにお礼の言葉を書きます)とともに、本殿前の所定の場所にお返しします(手順の詳細は、車折神社ホームページ『祈念神石』ご紹介部分をご覧下さい)。 境内社の「芸能神社」も有名です。もともと境内社のうちの「地主神社」に祀られていた御祭神『天宇受売命(あめのうずめのみこと)』(芸能の神様)を、芸能・芸術関係(特に映画関係)の人々が篤く参詣していたそうです。そんな人々の要望をもとに、昭和32年に『天宇受売命』を分祀し創建されたのが「芸能神社」です。 「芸能神社」の境内他には、芸名・ペンネーム・劇団等の団名を記した朱塗りの玉垣が2,000枚以上奉納されています。あなたの知っている有名芸能人の玉垣もたくさん発見できることでしょう。 明治21年から明治26年まで、近代日本画の巨匠である富岡鉄斎がこの神社の宮司をつとめていました。そのためこの神社には鉄斎の作品が多数(約百余点)が伝わっています。裏参道脇の社号標、本殿の扁額などは、鉄斎の筆によるもの。境内には、鉄斎が生前用いた筆を2,000本以上納めた筆塚もあります。鉄斎原画の授与品(「宝船図絵馬」や「七福神図」など)もあり、電話・FAXでも申し込むことができます。 お祭りとして有名なのは、「三船祭」。毎年5月の第3日曜日に催されます。5月14日の例祭の延長神事として昭和3年より始められました。嵐山の大堰川において、御座船・龍頭船など20数隻を浮かべて平安時代の船遊びを再現します。拝観者は約10万人に及び、盛大で優雅なお祭りです。
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